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独禁法よもやま話 第18回です。

第18回「エヌビディア/アームの企業結合」

キョウ子さん

 2月8日に,ソフトバンクグループが,傘下の英国半導体設計企業であるアーム(Arm)の全株式を米国半導体メーカーであるエヌビディア(Nvidia)に売却する計画について,米国や英国,EUなど規制当局の承認が得られないとして,売却を断念する旨の報道が出ていました。これはどういうことですか。

どっきん先生

 多くの国で同様なのですが,一定の規模以上の企業が他の企業と合併したり,株式を取得する場合には,各国の競争法上の審査を受けることになります。
 本件の場合,米国では昨年12月に連邦取引委員会(FTC)がエヌビディアによるアーム買収を阻止するために審判手続(FTC内で審判を行い結論を出す仕組み)を開始しました。英国では,競争・市場庁(CMA)が昨年8月に本件買収についての報告書(サマリー)を公表して競争上の懸念を示し,その後,詳細審査の手続きに入りました。また,EUでは,EU競争当局が昨年10月に詳細審査を開始しました。いずれも本件買収についての競争法上の結論は出ていませんでしたが,このような状況の中での売却断念だったと思われます。
キョウ子さん
 アームは半導体設計企業であり,エヌビディアは半導体メーカーです。お互いが競争しているようには見えないのですが,それでもなぜ競争法上の問題が出てくるのですか。

どっきん先生

 米国FTCが審判手続を開始した際のプレスリリースでは,アームは完成品としてのコンピュータ・チップやデバイスの製造販売は行っておらず,マイクロプロセッサーの設計とアーキテクチャ(Arm Processor Technology)を作成しているとのことです。一方で,エヌビディアやその競争者は,アームが提供するこれらの技術を利用してコンピュータ・チップやデバイスの製造販売を行っているようです。EU委のヴェステア委員も,詳細審査に入る際のコメントの中で,両社は直接には競争していない(not directly compete)と言っています。
 しかし,競争法上の審査の対象となるのは,競争関係にある企業間の水平型企業結合(合併や株式取得のことを企業結合と呼びます)だけではなく,例えば,原材料メーカーと完成品メーカーの合併やメーカーとその商品の販売業者との間の合併など取引段階を異にする垂直型企業結合や異業種に属する会社間の合併などの混合型企業結合についても企業結合審査の対象となります。
キョウ子さん
主要国の競争当局は水平型企業結合のほかに,垂直型企業結合や混合型企業結合についても審査を行っているのですか。

どっきん先生

 基本的にはそのとおりです。例えば,各国・地域の競争当局のネットワークであるICN (International Competition Network)という組織があります(130か国・地域から141の競争当局が参加。昨年12月現在)。このICNに企業結合作業部会があるのですが,2018年には垂直型企業結合に関する報告書を,また,2020年には混合型企業結合に関する報告書を公表して,競争当局間の意思疎通を図っています。
キョウ子さん
 例えば,取引段階が異なる垂直型企業結合では,どのような点が競争上の問題となるのですか。

どっきん先生

 垂直型企業結合が問題となる場合の考え方はおおむね各国で共通していますが,日本では,公正取引委員会が「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」を公表しており,その中で垂直型企業結合に関する独占禁止法上の考え方を詳細に説明しています(令和2年12月の同指針の改正では垂直型,混合型の企業結合審査の考え方についての記載がより詳しくなっています)。
 例えば,川上市場の企業Aと川下市場の企業Bの企業結合の場合に問題となり得るのは,Aが川下市場のBの競争者に対して製品・サービスの供給を拒否したり,以前に比較して競争上不利な条件で取引を行うことが考えられます。これにより,Bの競争者の競争力が弱まり,これら競争者が川下市場から退出したり,新規参入者が川下市場に参入できなくなるようなケース,すなわち川下市場の閉鎖性・排他性が生じる場合に問題となります。このように川上市場の企業が川下市場の企業に対して供給を拒否したり,競争上不利な条件で取引することを投入物閉鎖と呼びます。
 また,Aは川下市場のBの競争者とも取引を行っているわけですから,BがAを通じてBの競争者の製品の仕様や開発に関する情報,顧客情報などの秘密情報を入手して,自己に有利に用いることによりBの競争者を川下市場から排除したり,これら競争者の競争力を弱めることが考えられます。
 このような投入物閉鎖や秘密情報の入手の問題は,製品の取引だけでなく,データや知的財産権などの資産の取引についても当てはまります。
キョウ子さん
 川上市場の企業Aにそのようなことができるのでしょうか。

どっきん先生

 まさに,その点を判断するために,川下市場のBの競争者はA以外の購入先への切替えを容易に行うことができるのかどうかなど,Aに投入物閉鎖を行う能力があるのかどうかを審査することになります。また,AがBの競争者に供給拒否を行えば,Aとしては販売量が減少し利益も減少するわけですから,企業結合をするAとBのグループ全体として利益が増加するのかどうか,すなわち投入物閉鎖を行うインセンティブがあるのかどうかも審査する必要があります。
キョウ子さん
 日本でも,このような垂直型企業結合の審査を実際に行っているのですか。

どっきん先生

 公正取引委員会は,毎年,主な企業結合事例を10数件程度公表していますが,その中でも垂直型企業結合の観点から審査している事例があります。
キョウ子さん
 このような垂直型企業結合の審査は専門的で,各国の競争当局の考え方の違いにより審査の結論が食い違ったりしないのですか。

どっきん先生

 同じ案件であっても,それぞれの国の当該業種の市場構造や需要者層の違いにより競争に与える効果が異なり,その結果,結論が異なることはあり得ます。その場合には,当事者が各国の実態に合った問題解消措置を取ることもあるでしょう。
 しかし,結論を導くための審査基準や検討プロセスが異なることは避ける必要があります。そこで,各国の競争当局では,先ほどのICNの会議等を通じて競争法の運用の収れんを図っていますし,個別案件については,必要に応じ,当事会社の了解を得てお互いに情報交換を行ったりして意思疎通を図っています。今回のエヌビディア/アームの案件についても,米国FTCのプレスリリースによれば,FTCは,EU,英国,日本及び韓国の競争当局と緊密に連携したとしています。

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