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宮澤健一記念賞 第4回 受賞論文(高橋 悠也 氏)

論題:“Estimating a War of Attrition: The Case of the US Movie Theater Industry”

高橋 悠也 氏
(American Economic Review Vol. 105 No. 7 July 2015)

論文要旨

 本研究は衰退産業における企業の退出戦略を実証的に分析し、その退出のプロセスにおいて企業間の戦略的な相互依存関係から生じる経済的なコストを評価した。衰退産業における企業の退出は市場の構造や効率性に大きな影響を与える。需要が外生的な要因によって長期的に縮小していく場合、産業全体の生産力も時間を通じて縮小していかなければならない。しかし、各企業はライバル企業の縮小・退出にフリーライドするインセンティブを持つため、そのような産業全体の生産力縮小は公共財的な側面を持ち、産業全体として縮小・退出が過小となることがある。加えて、各企業はライバル企業の競争力や将来の需要動向について完全な知識を持っていないため、情報取得のために退出を遅らせるインセンティブを持つ。さらに、コーディネーションの失敗から産業全体の縮小プロセスが遅れることもありうる。このような要因が産業の縮小プロセスを遅らせ、経済全体として非効率な資源配分を生む可能性がある。本研究では、そのような企業の戦略的な相互依存関係からくる企業の退出プロセスの遅れを、アメリカの1950年代の映画館産業を例にとって実証的に研究した。1950年代のアメリカの映画館産業は企業の戦略的退出行動の分析に適している。この時代、アメリカではテレビの普及に伴って映画館への需要が急速に減少した。その中で、各映画館は同じ地域にあるライバルの映画館の行動を考慮に入れた上で、自らの最適な退出戦略を考える必要があった。これは、需要が縮小する中での退出ゲームという枠組みが当てはまる状況であった。
 本研究では、退出ゲームという理論的な動学ゲームの枠組みを作り、その均衡解を導き出した。その均衡解と地域ごとの映画館の存続・退出のデータがマッチするように映画館の利潤関数や固定費用の分布を推定した。推定されたモデルを用いて、映画館の戦略的な相互依存関係が産業縮小のプロセスに与えた影響を数量化した。そのために二つのベンチマークを設定した。第一のベンチマークでは、利潤が負になった映画館から順に退出していく。このベンチマークではコーディネーションの失敗や情報取得のための戦略的な遅延を排除している。このベンチマークと退出ゲームの解との差を「戦略的行動による遅延」と呼ぶ。第二のベンチマークでは、すべての映画館の利潤の合計が最大になるように、映画館が順に退出していく。このベンチマークでは上述のような「ライバル映画館の退出を待つ」というようなフリーライドのインセンティブを排除している。このベンチマークと第一のベンチマークとの差を「寡占競争による遅延」と呼ぶ。この二つのベンチマークの解を計算し、それを退出ゲームの解と比較することによって、それぞれの遅延を数量化することができる。
 戦略的な相互依存関係による退出の遅れは平均2.7年と算出された。このうち、ほとんどの遅延は寡占競争から来るものであった(96.3%)。これによる総利潤の損失は典型的な地域で総利潤の約5%にのぼった。その他、戦略的な相互依存関係による遅延は当初の映画館数と反比例することがわかった。直感的には、当初の映画館数が大きくなれば市場構造は完全競争に近づき、寡占競争による遅延は限りなく小さくなっていくからである。また戦略的行動による遅延は、需要の減少スピードが遅い市場ほど大きくなることがわかった。そのような市場では、退出を遅らせることのコストは徐々にしか高くならないが、ライバルが退出した後に得られる利得は大きくなる。これらの要素が退出ゲームを長引かせるのである。
 本研究のフレームワークは、外的な要因によって長期的に需要が縮小していく産業において、生産者間の寡占競争が市場の効率性や産業の衰退プロセスにどのような影響を与えるかを分析するのに有用である。
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