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横田正俊記念賞 第20回 受賞論文 (中川晶比兒 氏)

論題:「水平的協定における合理の原則と比較考量(1)(2)完」

中川 晶比兒 氏
 (法学論叢155巻2号 平成16年5月,155巻4号 同7月)

論文要旨

本稿は,競争制限以外の経済的・社会的目的に向けて企業が水平的取り決めを行う場合(いわゆる非ハードコアカルテル)の評価に関して,議論及び判決例が蓄積しているアメリカ反トラスト法の比較法的研究を行い,競争者間の共同行為の正当化がどのような分析枠組みで判断されているのかを明らかにし,その批判的検討を踏まえて,日本法への示唆を得た。
 反トラスト法における非ハードコアカルテルの評価枠組みとして判例法上発展してきた合理の原則において,経済的・社会的目的は,当該行為の競争促進的便益として評価される。本稿では競争促進的便益の中身及び射程を明らかにするにあたって,単に判例法の検討からこれを抽出するだけでなく,反競争的弊害と競争促進的便益との比較衡量が証明責任の分配との関係でどのように理解されているのかという点をも考慮した。なぜならば,競争促進的便益が反競争的弊害と並存しつつこれを打ち消す抗弁である場合と,反競争的弊害の反証にあたる事実にすぎない場合とでは,おのずと競争促進的便益の射程が変わってくるからである。この問題に答えるには,反競争的弊害が何であるのか,という根本問題にも答える必要がある。
 以上の検討課題に対して,まず第一章では,反競争的弊害の中身を判例法の歴史的展開を踏まえて明らかに,1920年代には値上げ効果または産出量削減効果を反競争的弊害とする理解が固まったことを論じた。
 続いて第二章では,競争促進的便益が判例法上は産出量の増大と理解されていることを指摘し,これと異なる理解を示すように読める重要判決例に関しては,矛盾がないか,あるいはそもそも判断基準として機能しないことを論じた。
 ここまでの検討から,競争促進的便益が,反競争的弊害と程度を「比較衡量」される価値ではなく,反競争的弊害が存在しないという反証にあたる事実にすぎないのではないかという問題提起を行った。
 第三章では,反トラスト法において経済的・社会的目的が評価される場面がもう一つあることを指摘し,それは当然違法と合理の原則の法発展を明らかにする上でも重要であることを論じた。現在の判例法では,競争者間の共同行為が当然違法と評価されるのか,合理の原則の下で分析されるのか,という判 断基準の振り分け段階において,共同行為に正当な目的があるかどうかの検討が行われる。この振り分け段階における経済的・社会的目的の評価は,「比較衡量」段階における評価と,どのような関係を持つのかが第三章の主たる検討内容である。そこでは,「比較衡量」段階では競争促進的便益が産出量の増大に限定されているにもかかわらず,振り分け段階ではより広い価値が競争促進的と認められる傾向がある問題点を指摘した。
 以上の検討を踏まえた上で,日本の独占禁止法でも,反競争的弊害に対する反証を行わせる判断枠組みであれば特別な解釈を要することなく採用可能であり,しかも競争促進的便益に関するこのような限定的な立場が,必ずしも社会公共的目的を全て排除するものではなく,また競争政策の観点から見ても,よ り望ましいことを論じた。
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