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横田正俊記念賞 第34回 受賞論文 (長尾 愛女 氏)

論題:「フランス競争法における濫用規制─ その構造と展開」

長尾愛女氏(聖学院大学非常勤講師・弁護士)
(日本評論社 2018年)

論文要旨

 序章では、フランス競争法における経済力の濫用規制が、EU 型の市場力規制を行う商法典L.420-2条1項の「市場支配的地位の濫用規制」、相対的市場力規制を行うL.420-2条2項の「経済的従属関係の濫用規制」、当事者の権利義務における「著しい不均衡」を規制するL.442-6条1項2号の「著しい不均衡」規制の3つの類型により行われていることを示した上で、これらの規制制度の構造の解明及び比較法的研究が、日本の優越的地位の濫用のあり方を考える上で重要な意義があるという問題意識を提示している。
 第1章では、フランス競争法における濫用規制制度の導入過程を分析した上で、市場支配的地位の濫用規制の限界を補完するために、経済的従属関係の濫用規制(相対的市場力規制)が1986年に導入され、相対的市場力規制の限界を補完するために、2008年に導入された「著しい不均衡」規制の活用が図られるという規制相互の関係を見出しうることを示した。
 第2章では、フランス競争法における市場支配的地位の濫用規制の要件解釈論及び、垂直型及び水平型の濫用行為に対する適用実績を分析した。その上で、同規制の要件解釈から導かれる適用上の限界と、市場支配的地位要件及び競争侵害要件の克服のために相対的市場力規制が必要とされ、導入された理由を明らかにしている。
 第3章では、フランス競争法における経済的従属関係の濫用規制(相対的市場力規制)の適用事例を分析している。そして「経済的従属関係」及び競争侵害要件の厳格解釈の結果、供給者主導型(販売力濫用型)、需要者主導型(購買力濫用型)共に適用否定例が多いことを示した。そしてこれらの限界を克服するため「著しい不均衡」規制の活用が検討されるに至ったことを論じた。
 第4章では、「著しい不均衡」規制の2008年の導入過程、判例、学説における解釈論を分析している。「著しい不均衡」規制は、競争侵害要件のない民事規制であり、当事者の権利及び義務における「著しい不均衡」を要件としており、相対的市場力規制を補完する機能が期待されていることを論じた。
 第5章では、「著しい不均衡」規制の適用に関する最近の裁判例の分析を行った。最近の適用事例では、食品、家電等の大規模小売事業者の納入事業者等に対する購買力の濫用が活発に規制されている。裁判例の分析を通じて、「著しい不均衡」要件につき契約全体の経済的均衡性を考慮して判断する基準、また「従わせ、又は従わせようとする」の文言に「従属性」を読み込む解釈論が確立しつつあることを論じた。
 第6章では、我が国の小売事業者主導型の優越的地位の濫用規制について、フランスの濫用規制制度から得られる示唆を検討している。相対的市場力規制と優越的地位の濫用は、相手方の従属性が、行為者に強制力ある地位をもたらし、それを契機として濫用行為をもたらす構造が共通する。また「著しい不均衡」規制と優越的地位の濫用は、どちらも取引上の関係に着目した規制であることから、「著しい不均衡」規制から示唆を得て、経済的均衡性のない行為を受け入れさせる優越的地位を認定する解釈論をとれば、事後的、客観的判断に資する可能性があることを考察している。また、「著しい不均衡」規制から着想を得て、行為者により相手方に要求された不利益のもたらす「当事者間の経済的な不均衡」の形成を、優越的地位濫用の公正競争阻害性の中心的基準として捉えうることを論じた。
 結章では、フランスの3つの濫用規制制度が、幅広い態様及び規模にわたる経済力の濫用の規制を実現しつつあることを総括した。今後の課題として、フランスの規制制度が、EU競争法上の不公正な取引等の規制の議論に与える影響を分析すべきである。また「著しい不均衡」規制と、消費法、民事法上の濫用条項規制との関係、さらに「著しい不均衡」規制と他の競争制限行為との関係、競争法における位置づけ等についても、考察すべき課題が存在することを指摘している。
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