論題:“Market structure and product quality: A study of the 2002 Japanese airline merger”
土居 直史氏
(International Journal of Industrial Organization:62, 2019)
論文要旨
この論文では、日本航空(JAL)と日本エアシステム(JAS)の合併について、国内各路線への影響を定量的に分析した。分析の特徴として、価格(運賃)だけではなく、「サービスの質」の変化にも注目している点がある。
水平的合併は、競争相手の減少による競争低下と、合併企業の規模拡大による生産の効率性向上の両方をもたらしうる。したがって、ある合併が社会厚生を増やすものかどうかは、前者(負の効果)と後者(正の効果)のバランスで決まる。それぞれの効果の大きさ、そして、それらの総計を推計するためには、需要と供給の構造モデルに基づくシミュレーション分析が有効である。しかし、これまでの合併シミュレーション分析の多くでは、主に価格変化が注目され、品質変化には十分な注意が払われていなかった。本論文の分析では、価格だけではなく品質も航空会社の戦略変数として内生化した構造モデルを使うことで、品質変化を通じた社会厚生への影響も考慮している。
分析対象は、2002 年のJAL とJAS の合併である。両社を合計すると、当時の国内線旅客シェアの約50% を占めていた。そのため、当初、公正取引委員会によって競争制限の懸念が表明され、その後、いくつかの問題解消措置を前提として合併が認められた。この経緯から、この合併は当局の判断の境目にあり、その社会厚生への影響を明らかにすることは今後の合併審査における判断材料のひとつになりうると考えられる。
本論文では、路線ごとの構造モデルを推定し、それを用いて仮に合併が無かったとする仮想状況をシミュレーションした。その結果を現実と比較することで合併効果を推計した。その構造モデルでは、「サービスの質」を表す変数として「フライト頻度(便/日)」を航空会社の戦略変数のひとつとして内生化した。フライト頻度が多いほど、旅客は自分の都合に合った出発時間の便を選べる。実際、フライト頻度は航空旅客需要に影響を与えることが、航空産業に関する既存研究によって明らかにされている。
得られた主な結果は以下である。まず、合併により限界費用が3-4% 低下したと推計された。そのことが寄与して合併により国内線総計としては経済厚生が増えたが、合併効果の大きさは路線によって差があったことが明らかになった。また、仮に品質(頻度)変化を考慮しなかった場合には、特に小規模路線において、経済厚生の向上効果を過大評価することになった。このことから、合併による経済厚生への影響を評価する際には、品質変化にも注意を払うべきことが示唆される。