論題:“Horizontal Mergers and Divestment Dynamics in a Sunset Industry”
西脇 雅人 氏
(Rand Journal of Economics:47, 2016)
論文要旨
同質財の寡占市場では各企業の資本保有量が産業全体利潤を最大化する保有量から比べて過剰になる傾向がある。そのような産業では各企業の資本保有による利潤の一部は他企業の利潤の奪取分(Business-stealing)であり、これは各企業の資本保有の限界利潤が産業のそれを上回ることを意味し、個々の企業が独立に資本量の決定をする場合には、産業利潤を最大にする資本量よりも過大となる。このことは外生的に需要が減衰していくような局面においては資本の廃棄が進まないことを示唆する。そのため、産業全体の利潤から考えると必要以上の資本を抱えることになり、無駄な固定費が発生する。
この論文ではこのような同質財の衰退産業における問題について、企業合併が持ちうる資本廃棄促進効果に焦点を当てた。企業が合併することで企業間で生じていたbusiness-stealing 効果が内部化され、合併企業の資本廃棄へのインセンティブが(他の条件を一定とした場合)高まる。そのため合併により資本廃棄が促進され産業利潤を高める可能性が出てくる。
しかし、合併で実現する資本量が社会的余剰を改善するか否かは微妙な問題である。通常、企業は消費者余剰をも考慮し社会余剰を最大化するような行動はとらないであろう。このことは合併が起きたことで実現する資本量が必ずしも消費者余剰を改善するものではないことを意味し、したがって、合併により資本廃棄が進んだとしても、それが社会余剰を改善するかどうかは一般にはわからない。また、一般的な産業組織論における合併評価にあるように企業数が減少することによる消費者への反競争的効果も社会的な厚生に影響を与える。
そこで、論文では過剰資本を解消する手段として合併が社会余剰の観点から正当化できるかを実証的に検証した。日本のセメント産業の合併を取り上げ、Ericson and Pakes タイプの動学寡占モデルを応用し、企業の供給施設廃棄行動をモデル化し、現実のデータからモデルのパラメターを推計して、合併が起きた現実の市場と合併が起きなかった仮想的な市場を反事実実験によって比較した。その反事実実験により、セメント産業で起きた合併は施設廃棄を促し、その施設維持の固定費が削減され、さらにシナジー効果を生み出し生産者余剰が増加したことが明らかになった。一方で、消費者余剰は合併による企業数減少に起因する価格上昇から損なわれた。全体では、消費者に対する反競争的な効果はあったものの、社会厚生が改善されたことが示された。また、施設廃棄による固定費削減の社会厚生に与えたインパクトは少なくなく、資本量の変化を捨象する静学分析では合併の効果を過少に評価することを明らかにした。