論題:「反トラスト法におけるジョイント・ベンチャー規制―違法判断基準の検討を中心にして―」
瀬領 真悟 氏
(立命館法学182号(85年4号)[1986.2.25]、187号(86年3号)[1986.12.25])
論文要旨
独占禁止政策の中で大企業の合併や株式保有をどのように規制するかは、カルテル規制等と同様に極めて重要である。公取委は合併・株式保有等(以下合併という)に関する事務処理基準を公表し、その中で競争者間の水平合併のみならず、異なる市場の企業間の混合合併も規制対象となりうること、その場合混合合併について「(合併)当事者間の潜在競争の程度」が考慮事項の一つであることを明かにしている。すなわち、競争者間の水平合併の場合には現実の顕在競争の排除の有無で違法性が判断されるが、混合合併の場合には、既存会社と潜在競争者との合併による潜在競争の排除の有無が違法性判断の基準となる。この潜在競争排除の有無の検討にあたり、我が国には運用例がないため、アメリカ法、西ドイツ法の状況を考察することとする。
アメリカにおいては、1970年代の二つの連邦最高裁判決以来、従来の潜在競争排除を理由とする違法性判断理論に新しい要件が追加され、要件は複雑化した。いわゆる潜在競争理論の「後退」である。これらの二判決以降の判決によれば、潜在競争排除を理由とする違法性判断の要件は、次の四つである。第一は問題の市場が高度集中市場であること、第二は市場外の合併当事者が市場内の会社によって潜在参入者だと認識されていること、第三は同様の影響力をもつ潜在参入者が少数であること、第四は先の認識に基づき既存会社が潜在参入者に対しなんらかの対応を示したことである。また、判例は合併の生む経済的効率と潜在競争の排除との比較衡量についても、ある程度の考慮を払っている。
西ドイツにおいては、合併によって市場支配的地位が形成または強化されるとき、合併は禁止される。西ドイツ法は、右の要件充足の推定規定を置きまた資金調達力を市場支配的地位判定の際の考慮事由とする等、混合合併規制を目的とした規定を置いている。さらに、既存の市場支配的地位のレベルが高いほど、残存する競争は一層保護されるべきだと考える。その結果、西ドイツでは潜在競争者との合併も市場支配的地位の強化になるといいやすい。西ドイツの審判決は、一社が市場を支配する「独占的市場支配地位」と複数会社が支配する「寡占的市場支配地位」とに分け、先の要件の充足有 無を審査している。前者の事件は数件、後者の事件も一件あり、各々市場支配的地位の強化という構成をとっている。
日本法においてこの間題の解決はどうなるのか。一定の潜在競争者との合併を検討するうえで、一社が市場支配力を持つときにはアメリカ法の判断基準により潜在競争排除の有無で比較的容易に判断しうると考えられる。これに対して、複数会社で市場支配力を持つときには困難な問題が生ずるが、西ドイツ法のように寡占的(共同的)市場支配の考えを用いつつ市場分析についてはアメリカ法の判断基準を用いて対応することは十分可能だと考えられる。