論題:「企業結合規制についての比較法的研究」
服部 育生 氏
(「クレイトン法第7条と潜在競争理論」名古屋学院大学論集 社会科学篇24巻2号[1987.10.31]、「合併事前届出制の比較法的研究」名古屋大学法政論集117号[1987.12.25]) など数篇。
論文要旨
寡占市場における企業結合の独禁法上の判断は、いくつかの難しい問題を提供する。西ドイツ競争制限禁止法二三a条二項の特別寡占推定は、寡占市場での効果的な企業結合規制を意図して導入された。一般寡占推定(二二条三項)およびリソース推定(二三a条一項)が捕捉要件プラスアルファの法的性質を具備するのと対照的に、特別寡占推定については、立法段階で反証可能な推定規定へ緩和されたとはいえ、なお実質的および形式的証明責任を参加企業の側に転換するものと理解される。ただし、連邦カルテル庁の調査義務との関係から、形式的証明責任の転換は制限的なものにとどまる。実際の運用例を見ても、推定要件の充足から直ちに禁止が結論づけられることはなく、内部的競争および寡占企業全体の地位に関し、個々の具体的事案に即し詳細な検討の加えられることがふつうである。
アメリカの判例法は、倒産の深刻な蓋然性および代替的取得者の不存在を要件として、倒産寸前企業の抗弁を認める。また競争制限禁止法においては、競争条件の改善(二四条一項但書)および経済大臣による許可(二四条三項)の観点から、再建結合につき特別の考慮がはらわれる。わが国の企業結合規制に雇用の安定や地域経済振興等の考慮要因を持ち込むことはできないが、当事会社の経営状況は競争の実質的制限の判断に影響を及ぼしうる。コンツェルン内部に経営破綻の子会社が存在するとしても、親会社の経済的援助が可能であれば、競争制限効果を伴う結合が再建目的により正当化されることはないとする西ドイツの思考方法とは異なり、アメリカでは倒産寸前部門の抗弁すら一部で認められているが、これは、倒産の深刻な蓋然性を厳格に解釈する判例法の基本的立場と整合性を欠くように思われる。
商品拡大型および地域拡大型の混合的結合規制にあっては、潜在競争の評価が重要な意義を有する。現実の参入者理論では、取得会社が標的市場へ独自参入する蓋然性が、また認識された潜在参入者理論では、新規参入の脅威が既存会社の市場行動へ及ぼす効果が、議論の焦点となる。ただアメリカの判例法は、前者につき近い将来における独自参入の合理的蓋然性(確率五〇%より高い見込みを指摘するものもある)の立証を、また後者につき市場行動の具体的変化の立証を原告に要求するため、実際の適用事例はきわめて少ない。
わが国では合併に事前届出制がとられる理由として、合併は組織の融合を伴う固い結合であり事後的解体の困難であることが指摘されるが、かかる理由が営業譲受等の独禁法一六条列挙行為のすべてについて同様に妥当するかは疑問である。アメリカおよび西ドイツでは、大型合併を事後的に解体しても競争の回復は期待し難い点が、事前届出制の立法趣旨として説明されている。かかる観点から、わが国でも規模基準による事前届出制を構想する余地もないわけではないが、なお慎重な検討を必要とする。