論題:「独占禁止法の運用成果:昭和22-63年」
増田 辰良 氏 (北海道情報大学講師)
(北海道大学経済学研究会42-3[1992.12])
論文要旨
本研究は独禁法の運用機関である公取委の審査活動とその成果について数量分析をし、以下の結論を得た。
(1)審査活動の前提としての、勧告前置主義と公取委の自由裁量権である不問処分という広い意味での行政指導は、勧告件数や、警告、注意件数の増加に現れていた。一方、審判開始決定数は極めて少なかった。こうした法の運用姿勢は公取委が違法行為の排除を第一次目的とするかぎり、その目的は達せられている。しかし、19条違反審決数に大きな変動がない背後において、当該事件の審査打切り件数は増加していた。また、8条違反審決件数が減少しつつある一方で、事業者団体の自発的排除件数が増えていたが、これは、本来、法的措置を受け入れるべき行為を団体が事前に回避していることの表れである。(2)公取委中心主義の審査活動の成果が問われる、審決取消訴訟と25条訴訟との結果を見ると、前者は、発生件数が少なく、裁判所での請求破棄件数も多く、公取委の審理の妥当性は高いものと判断できる。後者については、これまで原告が勝訴した例はなく、従来とは違った方法で損害発生の因果関係を立証し、損害額を算定する方法を構築する必要がある。(3)審査能力と審査活動との間で回帰分析結果をみると、職権探知、摘発件数を増やすには、職員数を増やすことが有効な手段であった。全証拠不十分件数を減らし、審査内容を充実するには職員数と審査活動費用の両方を増やすことが有効であった。同じことは3条後段を8条事件を取締まるときにも、有効な手段であった。19条事件を取締まるには、職員数を増やすことが有効である、と考えられる。価格カルテルと不公正な取引方法については、回帰係数の符号関係が逆転していたことにより、審査内容自体に違いのあることがわかった。例えば、勧告前置主義という運用姿勢はモニタリングの容易な価格カルテルに対して顕著であった。
すなわち、違法行為を排除し、公正かつ自由な市場経済秩序を維持するという独禁法の第一次目的を達成するために、違反事実の認定が確実な事件のみを取り上げ、勧告前置主義によって処理する方法は正式審決にいたらない勧告審決件数を増やす一方で、審決取消訴訟件数を減らすことにより、独禁法の運用を効果的にしている側面があるものと考えられる。また、警告、注意という公取委の自由裁量権による弾力的な事件処理方法も違法行為の排除という法目的を迅速に達成するための効果的な手法であることが考えられる。ただし、25条訴訟において、求意見制度が十分に機能していない可能性のあることや事業者団体の自発的排除件数が増えていること、さらに価格カルテルが勧告という処分しか受けてこなかった場合が多いことには疑問が残る。つまり、従来の事件処理方法は第一次目的を効果的に達成する方法としては有効であるが、他方、本来、正式な事件として処理されるべきものを公取委の裁量でもって明示的に許してきた可能性のあることも十分に考えられるのである。