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横田正俊記念賞 第10回 受賞論文 (川濵 昇 氏)

論題:「『法と経済学』と法解釈の関係について-批判的検討~」

川濵 昇 氏 (京都大学助教授)
(民商法雑誌108巻6号、109巻1~3号[1993~1994])

論文要旨

法的議論に経済学の手法を用いる「法と経済学」は1970年代後半から米国で隆盛をきわめ,わが国でも盛んに紹介がされてきた。しかし,わが国の伝統的な法律学と「法と経済学」との間にはほとんどコミュニケーションが成立していないようである。「法と経済学」と一括りにされる論者の主張内容は多様であり,その代表的論者の主張の中には伝統的な法律家にはとうてい容認されないものもあり,あえて真剣な批判対象とするまでもないと考えられてきたのかもしれない。しかし,「法と経済学」の多様な主張内容の中には簡単に切って捨てられないものもある。少なくとも,伝統的な法律解釈の立場から,「法と経済学」に対して考え得る批判点を明示化することは法解釈と「法と経済学」の両方にとって有益なものである。本論文では,「法と経済学」を法の目的を効率性にかなうような誘引規整を行うものと把える立場,法的な問題が生じる状況下で特定のルール設定等がいかなる帰結をもたらすかをモデル化するのに際し経済学の行動仮説=合理的選択論を用いる立場,さ らに合理的選択論を法的推論過程において検証の必要なき推論道具として用いる立場(経済学の概念を法的概念に直結させる ボークが反トラスト法の文脈で唱えるような立場)に分け,それぞれの問題点を検討する。  まず,法の目的を効率性と解する立場に対しては,彼らの用いる効率性概念が基準として整合的でなく,道徳的な根拠がない点などを指摘し,さらに事前の同意による効率性擁護の非現実性を示す。また,コモンローの世界ではなく制定法の世界に住んでいる我々にとってかような規範的主張が法解釈に関連するのは,法が効率性を追求すべき目的に組み込むとともに,それに基づく政策論法による法の継続形成が認められる場合に限られることを指摘し,そもそも独占禁止法においてさえ,効率性を唯一の目的と解すると立法の趣旨から逸脱することを明らかにする。
 次に,あくまでも事実に関する知見を与えてくれるものとして「法と経済学」捉えた場合の法解釈学との関係について,最近の法解釈方法論の知見を用いて検討し,とりわけ法的意思決定において立方的事実を利用する際の手続的難点が指摘される。  さらに,しばしば合理的選択理論で行われた説明を検証もなく事実と受け入れてしまいがちな傾向が一部の法律家にあることから,それらの論者に対するいわば解毒剤として合理的選択論を反証する経験的研究を整理し,かりに法解釈において政策論法を行う必要があったとしても合理的選択論に基づく理論の帰結を無批判に利用すべきでないことを示す。
 最後に,経験的な視点を無視してあたかも合理的選択論を法的な推論方式の一内容として用いるタイプの議論が,いわゆる「法と経済学」に蔓延していることを指摘し,その理由やなぜかような議論が妥当でないかを論じる。特に独占禁止法の解釈ではかような傾向が生じやすいので注意が必要であろう。
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