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横田正俊記念賞 第12回 受賞論文 (森平 明彦 氏)

論題:「反トラスト法学における私法機能重視のアプローチ―垂直制限法理の一研究」およびこれ以外の最近の研究成果

森平 明彦 氏 (高千穂商科大学助教授)
(作新経営論集 第4号 [1996]) (規制緩和とユニヴァーサル・サービス・・米国連邦通信委員会裁定の法的研究 (作新経営論集 [1992.3] 、自律的主体と経済規制法・・基礎理論に関する序説的研究 (作新経営論集[1993.3])

論文要旨

  1. 反トラストにおける垂直制限規制に係って経済学的分析の成果を違法性判断基準に取り入れる試みは,1960年代のテルサー論文を?矢として数多くの成果が蓄積されてきた。その実践的寄与は,80年代に最高裁判例が,シカゴ学派の垂直制限容認論を採用したことで頂点に達する。しかし,これら判例が経済学の単一のモデル論をシャーマン法の競争制限に係る要件規定の排他的な解釈準則としたことで,かえって経済学的アプローチの抱える不確実性が明らかになった。例えばモンサント判決は,垂直制限の合意を認定する解釈準則を只乗りのモデル論により規定した結果,状況証拠に基づき合意を推論する伝統的なアプローチと齟齬を来す結果となった。
     かかる事態は合意要件の立証手続に不安定要因を持ち込むこととなったが,それは経済モデルにより規定される競争制限の要件規定が,現実に生起する垂直制限の合意に係る多様な要件事実を充分に包摂できず恣意的な選択をなすからである。このような場合,伝統的に経済学的分析に馴染まないとされた所謂ソフトデータ(E.M.ファックス)に対して,従来は状況証拠に基づく柔軟な事実認定が行なわれてきたのである。排他的な経済モデルから出発する演繹的な規範論理の導出過程は,個別事案の多様な要件事実を包摂し柔軟な事実認定をなす帰納的推論のアプローチと相いれない。  従って,私法機能重視のアプローチは垂直的な競争制限に固有の要件事実を包摂することを前提に要件規定の解釈準則も柔軟に吟味され取り入れられるものとなる。そしてかかる要件規定の解釈準則は,多様な経済学の理論成果に対して開かれたものであることを特徴とする。
     しかしこのことは,規範論理は不可知論的立場により経済理論を摂取しなければならないことを意味しない。ブランド間競争の促進効果に係る充分な実証的研究の欠如,ディーラー保護法の動向,議会の立法提案等を検討すれば,その価格維持効果に従い垂直制限について反証を許す違法性の推定をなす競争制限的理論を採用することができる。
  2. 規制緩和の進展とともに問題になる競争に委ねられる領域と規制下に止めおかれる領域との画定をなす経済制度論に係る社会哲学的な考察は,ロールズの正義論以来多様な展開を見せた。 80年代末までのその特徴は,市場万能のリバタリアニズムの普遍的商品化傾向に対抗して,広狭・濃淡の差はあっても国家主権の力に信頼して規制法の妥当する領域を確保する実質的正義論を構築することを目指していた(ウォルツアー,レーディン)。しかし90年代の競争経済の世界的拡大は,国家主権の壁を越えて価値理念に訴える実質的正義論による規制法理の実効性に脅威となっている。主権の力による強制の契機を価値理念によって正当化する規制法のモデルに代えて,相互性,互酬性の理念による議論,交渉,説得のフォーラムとして規制とその法を捉えるモデルが求められている。広範な告知と聴聞,漸次的な裁定の繰り返しにより社会的公正の理念を維持しつつ規制緩和を進める米国連邦通信委員会の経験が参考になる。
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