論題:「米国反トラスト法に関する研究」ー技術開発市場を巡る企業結合規制・・米国反トラスト法における技術開発市場分析について―
佐藤 潤 氏 (慶應義塾大学助手)
(法学政治学論究 第32号 [平成9年春季号]、 最近のアメリカにおける再販規制の動向・~(5完)公正取引566号~ 570号 [平成9年12月~10年4月]、アメリカ反トラスト法における差止請求制度・~(3完)公正取引580号~582号 [平成11年2月~4月]
論文要旨
現在,わが国では経済構造の変化および規制緩和に伴う自己責任原則の確立を図るとの要請から,独占禁止法違反行為に係る民事的救済制度の整備が検討され,その一環として差止請求制度の導入が議論されている。かかる制度に関しては,アメリカの制度がよく引き合いに出されることが多い。しかし,アメリカの制度の詳細,その機能および運用の実態,また問題点等について必ずしも十分な紹介がされていない。そこでアメリカにおける反トラスト法違反行為に対する差止請求制度について制度をトータルに捉えて検討した。
アメリカ反トラスト法違反行為に係る差止請求制度は二つの側面から特徴づけることができる。第一に,私人である原告による差止請求制度は私的訴訟制度の一環として位置付けられている。差止請求制度はクレイトン法16条において規定され,その前段において違反行為の除去を目的とする「終局的差止請求制度」(permanent injunction),その後段において回収不能な損害の防止を目的とする「予備的差止請求制度」(preliminary injunction)を規定している。そして差止請求制度は一般的に損害賠償請求制度の補完的な役割を果たしている。すなわち差止請求訴訟において,違反行為の除去を請求する私人である原告はほとんどの場合,損害を被っている。従って,私人である原告は通常,過去において被った損害に対して三倍額賠償を請求し,将来に渡って違反行為の除去を目的として差止を請求する。この様に,差止詰求訴訟と三倍額賠償請求訴訟は同じ被害に対する相互に補完的な救済手段である。 差止請求制度と三倍額賠償請求制度の下,私人は「私的な司法長官」(private attorney general)として位置付けられ,反トラスト法の執行において一定の役割を果たしている。この様に,私人による差止請求制度および三倍額賠償請求制度は私的な利益の保護のみならず公共の利益の保護を目的としている。
第二に,私人である原告および運用当局が差止請求権を有している。司法省が提起する民事事件は差止請求事件である。また連邦取引委員会は行政処分たる審決を命ずることを中心として法運用を図っているが,必要に応じて連邦地裁において差止も請求する。反トラスト法の中心的部分は裁判所において判断されることから,アメリカの反トラスト法体系は裁判法規であるとしばしば言われる。なお,運用当局の差止請求による法運用,また連邦取引委員会による行政処分は私人である原告の差止請求権を制限するものではない。従って,アメリカの法制度に鑑みれば,行政規制と民事規制が相互に補完して私益と公益の実現が図られている。
わが国の独占禁止法に差止請求制度を導入する場合,行政処分を前提とするわが国の独占禁止法との整合性を十分に検討し,私益と公益が十分に確保されるような制度設計をする必要がある。