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横田正俊記念賞 第16回 受賞論文 (和久井理子 氏)

論題:「単独事業者による直接の取引・ライセンス拒絶規制の検討 (一) 、 (二) 完」

和久井 理子 氏 (大阪市立大学助教授)
(民商法雑誌121巻6号[2000.3]、122巻1号[2000.5])

論文要旨

 取引やライセンスが可能であり,費用回収を可能とする合理的な対価が得られるにも関わらず,取引やライセンスを拒絶し,そのために他者の事業活動や参入が困難になるのは,いかにも不正に思われる。取引を拒絶した者が現在の地位を偶然や国家補助・参入規制によって確立した場合や,拒絶される者が経済の活性化に貢献するベンチャー企業や優れた商品開発力を有する者である場合には,特にそうである。米国起源の「事業を行う上で不可欠な投入要素を独占的に支配する者は,可能な限り,合理的な条件で,他者に当該投入要素へのアクセスを認めなければならない」という「エッセンシャル・ファシリティ原則」が,日本に紹介されて久しい。独禁法の下でこの原則を確立することはできないか。米国でこの原則が力を持ち得ていないのは,なぜなのか。
 本研究は,かかる問題意識に立って始められた。米国では,事業者が単独かつ一方的に行う取引拒絶が規制されるのは,排除性が認められ,独占力を獲得・維持する効果あるいはその蓋然性を持つ場合である。これらは容易には認められない。独占力の獲得等を要件としない「レバレッジ規制」(現在有している独占力を用いて他市場で有利な地位を獲得するだけでよい)や「エッセンシャル・ファシリテイ原則」(上述)が唱えられるが,確立してはいない。技術開発の成果の取引・ライセンスの拒絶については,さらに慎重であり,凡そ違法たりえないとする立場も有力である。取引拒絶規制を,①市場支配力・独占力を形成等する場合に限定するもの,②競争・事業機会を排除すれば規制できるとするもの,③合理的な対価が得られ可能な限り取引を拒絶してはならないとするものに類型化するとすれば,米国は第一類型をさらに限定した立場を取っているといえる。
 日本の独禁法がこれに追随する必要はない。不公正な競争方法については,市場支配力の形成・維持・強化は要件でなく,そのおそれも常には必要ないと解されてきた。しかし,米国が上述のような立場を取っている理由と競争観は看過しがたい。すなわち,取引を命じれば被拒絶者や第三者による拒絶対象物の生産・開発が行われなくなり競争や消費者利益がかえって害される,裁判所・規制当局が取引それ自体を判断し執行することは難しい,消費者を害する形で取引拒絶が行われることは稀であるといった認識である。競争者の排除と競争の排除,事業活動の制限と競争の制限,力の濫用と形成とは峻別され,問題とすべきは後者だとされる。これを徹底する過程で,前者は省みられず,それに対する規制が寧ろ消費者利益を損なうものとして認識されさえする。
 日本の独禁法が維持し,確立しようとするのは,いかなる競争なのか。日本経済・社会・法の現実の中で,それはどのようなルールによって実現されるのか。企業行動も規制も,行動様式や事業法・知的財産法などの補完的諸制度,執行状況が違えば,違う効果をもつ。競争しようとする者に対しては,その機会をできる限り保障し,支配的事業者に対して独禁法による保護が受けられるという信頼を確立することが,現在の日本では必要ではないのか。その過程で,効率性や,拒絶対象物を自ら生産することによる競争が少々妨げられたとしても,結局はその方が消費者の利益にもかなうのではないか。しかし,このように考えたとしても競争秩序との対応と実効性は問われる。拘束などの人為的な行為を伴わず,消費者を直接に搾取するのでもない,事業者に対する取引拒絶について,市場支配力の形成という要素を離れて,競争秩序を害するといい,実効的なルールを確立することが可能なのか,妥当なのか,筆者はまだ答えを出せずにいる。
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