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横田正俊記念賞 第17回 受賞論文 (中川 寛子 氏)

論題:「不当廉売と日米欧競争法」

中川 寛子 氏 (北海道大学大学院法学研究科助教授)
(有斐閣〔2001年〕)

論文要旨

 競争法は価格引下げ行動を奨励するが,それがコスト割れ販売などによる競争者の排除,その後の独占的利潤の獲得,などをもたらす場合,不当廉売・略奪的価格設定として規制する。しかし,積極的な競争的行動との識別が困難であり,また規制自体が競争行動を抑制する危険もあるなど,違法性判断規準の策定は容易ではない。本書は,かかる問題意識から,望ましい不当廉売・略奪的価格設定規制を探る第一歩として,日米欧の規制規準を比較検討するものである。第1章・第2章で略奪的価格設定規制の歴史も長く,判例・学説の蓄積も厚い米国連邦反トラスト法における違法性判断規準の変遷を詳細に検討する。そして,第3章で米国州法,第4章でEC競争法,第5章で日本の独占禁止法に基づく規制を検討し,それぞれ連邦反トラスト法規準との比較を通じ,各々の特徴,相違を際立たせる。終章では,これらの特徴を整理するとともに,日本法への示唆を得ることを試みている。
 第1章では,1967年のUtah Pie事件連邦最高裁判決から,1975年のハーバード大学のアリーダ,ターナー両教授による限界費用基準説を経て,1986年のMatsushita判決とその後の下級審判決の動向までを検討する。UtahPie判決は,平均総費用を下回る価格設定と,競争者を排除する略奪的意図,の二つを要件としたが,競争を阻害する規準として批判された。 1975年には,アリーダ,ターナー両教授が,独占的企業が限界費用(代用として平均可変費用)を下回る価格設定を行った場合のみ違法とする判断方法を提唱した。この説は,学説上活発な議論を喚起したが,ほぼ全ての連邦下級審において,修正を加えられつつも採用された。この時期の下級審のルールは概ね,被告の価格と平均総費用・平均可変費用との関係にもとづく,立証責任転換則である。
 1986年,連邦最高裁がMatsushita判決において,略奪的価格設定に対し懐疑的な姿勢を示した。すなわち,コスト割れ販売を行っても,ライバル排除の後,価格を競争水準以上に引上げかつ維持することで,コスト割れ販売による損失の埋合せに成功しなければ,経済的に合理的行動とはいえない。そのため,被告にこれを行う合理的誘因があることが,市場構造等から客観的に示されなければ,略奪的価格設定の主張は説得性を欠く,と述べ,原告の立証責任は著しく重くなった。その後下級審では,市場構造を重視する傾向が強まり,サマリージャッジメントによる訴訟処理も増大した。
 第2章では,今日の判例となっているBrooke事件連邦最高裁判決とその後の下級審判決を検討する。同判決はMatsushita判決の懐疑的姿勢を維持し,また略奪的価格設定の要件を明確化した。シャーマン法とロビンソン・パットマン法のもとでの規準を統一し,コスト割れ販売および「埋合せ」に成功する危険な蓋然性ないし合理的可能性,の二点を要件としたものである。この規準は連邦下級審で支持されており,ここに連邦反トラスト法に基づく規制は一応の統一をみている。
 しかし,第3章で検討する,各州の不公正取引慣行規制法にもとづくコスト割れ販売規制においては,平均総費用を下回る価格と被 告の反競争的意図,の二点が要件とされており,連邦法規制とは著しい乖離がある。
 第4章でみる,欧州連合(EU)における略奪的価格設定規制では,EC裁判所が,1986年のAkzo判決および1997年のTetra Pak 2判決において,次のような規準を示している。支配的地位にある企業の価格が,①平均可変費用を下回る場合は常に,または②平均可変費用以上であるが平均総費用を下回り,それが競争者を排除する計画(意図・目的)の一環として行われた場合,略奪的価格設定とされる。
 第5章の日本の規制は,従来,独占禁止法第19条・不公正な取引方法一般指定第6項前段の,不当廉売としての規制が主であった。 最高裁判決および公取委審決・指針によれば,廉売行為者の価格が,市場価格と当該事業者の総販売原価の両方を下回っており,かかる廉売が相当期間にわたって繰り返し行われ,他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあり,具体的な場合における行為の意図・目的,態様,競争関係の実態及び市場の状況等の総合考慮により公正競争阻害性を有するような場合,違法とされる。  終章では,日・米・EUの規制のタイプを,市場支配力との関連や,競争侵害・競争者侵害のいずれを重視するか,等の視点から分類するとともに,特徴・相違を明らかにする。こうした相違から,日本法への示唆として,独禁法第3条の「競争の実質的制限」の解釈論,19条と3条との関係等について,総論的議論を深める必要があることを指摘する。
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