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横田正俊記念賞 第29回 受賞論文 (青柳 由香 氏)

論題:「EU競争法の公共サービスに対する適用とその限界」

青柳 由香 氏  (横浜国立大学准教授)
(日本評論社、2013年3月)

論文要旨

 本論文は、効率性が求められる一方で公益の実現も期待される公益事業分野では、競争法の規制において公益がいかに考慮されるべきかという問題意識の下、EUにおける公共サービス事業(条文上は「一般的経済利益を有するサービス」。日本の公益事業概念より広く、年金基金の運用等も含む)に対する競争法適用の限界がどのように決せられているか検討したものである。
 第I章では、域内市場における競争法の意義を確認し、EU機能条約106条を概観した。特に、106条2項にはEUと加盟国の政策の調整機能があることを論じた。 106条2項を通じて競争法からの逸脱が認められるには、(1)問題とされる活動が「一般的経済利益を有するサービス」であること、 (2)当該事業活動や行為が競争法違反として禁止されると事業者に委ねられた任務の遂行が阻害されることが要件となる。第II・III章ではそれぞれについて検討した。
 第II章では、判例を検討し、一般的経済利益を有するサービスに該当するものは、(1)伝統的に公共サービスとされてきたものが主であるが、 (2) 市場化された社会保障関連活動も含まれることを明らかにした。また、EU司法裁判所が一般的経済利益を有するサービス該当性について判断を回避し、加盟国の政策判断を尊重する傾向があることを示した。
 第III章では、「任務遂行の阻害」要件に関する判例法理を検討し、1993年Corbeau事件先決裁定を転換点として、当初の厳格なテストから、より緩やかな「必要性テスト」へと判断基準が変化したことを明らかにした。背景として、域内市場が一応完成し市場統合のための競争法運用の要請が薄れ、他方で欧州委員会主導の自由化に対する反発として公益を重視すべきことを加盟国等が主張していたことが指摘されている。
 第IV章は、1990年代半ば以降の公共サービス事業に関する条約ルールの変化を検討した。EC条約16条(現EU機能条約14条)の挿入、EU基本権憲章の採択、及びリスポン条約による条文改正は、公共サービスの公益性をより重視するかのようである。だが、同時期には、自由化の動きもみられる。条約の変化が近い将来の判例法理の大幅な変更をもたらすとまではいえないと考察される。  第V章は、一般的経済利益を有するサービスに関する規制権限をめぐる欧州委員会と加盟国の間の争いについて検討した。欧州委員会の政策提案及びEU機能条約14条の改正に関する検討を通じて、加盟国は、欧州委員会による介入を嫌う一方、EUレベルで公益を重視する立法等をなすことは受容する態度にあることを示した。
 以上の検討を総合し、本論文は、EUでは(1)公共サービスのEUにおける位置付け、(2)EUと加盟国の間の公共サービスについての権限関係、(3)加盟国内の公共サービスに関するEU司法裁判所の能力という3つの要素が、各時点におけるEU・域内市場の状況に照らして相互に作用し、公共サービスに対する競争法の限界を決してきたのではないかと結論づけている。
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