論題:「独禁法・景表法違反に係る消費者被害救済の改善」、「ドイツ競争制限禁止法上の行政処分による集団的消費者被 害救済」、「ドイツにおけるムスタ確認訴訟制度の運用:ディーゼル排ガス不正プログラム事件を素材として」
宗田 貴行 氏(獨協大学法学部教授)
「独禁法・景表法違反に係る消費者被害救済の改善」日本経済法学会年報40号34 頁以下(2019)(以下、論文A)
「ドイツ競争制限禁止法上の行政処分による集団的消費者被 害救済」慶應法学42号229 頁以下(2019)(以下、論文B)
「ドイツにおけるムスタ確認訴訟制度の運用:ディーゼル排ガス不正プログラム事件を素材として」国民生活研究59巻1号22頁以下(2019)(論文C)
および近年の一連の研究業績
論文要旨
第一に、論文A は、独禁法違反に関する私訴による消費者の財産的被害の回復手法の改善について、ドイツ競争制限禁止法(以下「GWB」)を参考にして検討する。
近時、GWB 上の判例・通説は、不当な低価格購入が市場支配的地位の濫用(同法19 条・20条)に該当する事例において、被害者は、妨害排除請求権(同法33 条)に基づく追加的支払請求が可能であるとする。また、公共料金の不当な値上げが市場支配的地位の濫用に該当する事例において、消費者団体が妨害排除請求権(同法33 条)に基づいて多数の消費者への超過支払額の返金を請求し得るとの有力な学説もある。論文A は、我が国の独禁法24 条は、①予防的差止請求権、②侵害反復・継続差止請求権に加え、③違反により生じなお現存する妨害状態を要件とし、その排除のための一定の作為を請求する妨害排除請求権を定めているとする。同法は、公正かつ自由な競争秩序を維持することによって、資本主義経済下での競争の過程における市場参加者の財産自体ではないが財産の形成・維持に向けられた経済活動の自由を確保しようとするものである。このため、同法違反によって消費者が不当に支払わされている状態は、同法違反によって生じなお現存する妨害状態として法的に評価しうるものである。したがって、被害者は、その排除のために、③に基づき金銭支払いを請求し得る。これ故に、論文Aは、例えば、公共料金の不当な値上げが優越的地位の濫用(同法19条・2条9項5号)に該当する事例において、被害者は、③に基づいて超過支払分の返金を請求し得ることを示し、かつ適格消費者団体の妨害排除請求権に基づく返金請求を可能とするための法改正の妥当性を示した。
第二に、論文A、B は、独禁法上の排除措置命令による消費者の財産的被害の回復の可能性について、GWBを参考にして示している。
従来、公法私法二元論の下、行政法の役割は、違反の予防及び将来の被害の拡大の防止にあり、独禁法違反の被害者の救済は、民事法によるものとされてきた。しかし、近時ドイツ・カルテル庁は、市場支配的地位の濫用に該当する公共料金の不当な値上げの事例において、利益返還命令(GWB32条2a項)によって、多数の消費者の財産的被害の回復を命じている(論文B)。これを踏まえ、論文A は、我が国の公取委の排除措置命令(独禁法7 条1 項等)には、ⅰ 予防的差止ⅱ 違反反復・継続差止ⅲ 違法状態排除の命令があるとする。上述した独禁法の性質に鑑みると、同法違反によって多数の消費者が不当に支払わされている状態は、同法違反によって生じなお現存する違法状態として法的に評価しうるものである。このため、その排除のために、例えば、公共料金の不当な値上げが優越的地位の濫用に該当する事例において、公取委は、ⅲ によって違反事業者に対し、多数の消費者への返金を命じ得る。論文Aは、今日の行政法の役割は、違反の予防及び将来の被害の拡大の防止に尽きるものではなく、被害の回復にも存することを示した。
第三に、論文C は、我が国の消費者裁判手続特例法上の手続と近時ドイツにおいて創設されたムスタ確認訴訟制度(共通した被害を受けた多数の消費者に対する事業者の義務の確認を消費者団体が求める制度)とを比較することによって、同法上の手続の改善を検討する。
消費者裁判手続特例法は、独禁法上の無過失損害賠償責任(同法25 条)を手続対象から不当に排斥し、また、消費者契約概念によって間接的購入者の請求権を手続対象から不当に除外する。さらに、共通義務確認訴訟と簡易確定手続とをセットにした制度設計故に、後者で審理しにくい事案を前者の入口段階で遮断することによって、共通義務確認訴訟の勝訴判決確定後の和解での終結可能性のある事案を同訴訟の対象から不当に排除している。論文Cは、これら等が、消費者裁判手続特例法上の手続の実効性の低下を招いている可能性があり、その改善が必要であるとする。